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大阪地方裁判所 昭和40年(ワ)448号 判決 1965年9月22日

主文

被告は原告に対して、金四、九三六、一〇二円及びこれに対する昭和三九年三月二七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

原告は主文第一、二項同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

一、大阪地方裁判所は訴外榎本工業株式会社の昭和三九年四月頃の自己破産にかゝわる昭和三九年(フ)第一五三号事件において、同年六月九日破産宣告をなし、同日原告をその破産管財人に選任した。

二、これより先右破産者は被告銀行千林支店と継続的貸付、手形割引等の契約を締結していたが、右契約に基ずく債務につき同年三月二六日金四、九三六、一〇二円を同支店に弁済した。

三、しかしながら右破産者は同年一月三一日支払を停止しており、一般に銀行は取引先の信用状態に常に注意し、これに対する調査機関の存することをもつて普通とし、取引先の支払停止の事実については反対の証拠のない限り之を知つていたものとすることが実験則上当を得ているばかりでなく、被告銀行千林支店保管にかゝわる右破産者の当座預金元帳には「昭和三九年二月六日取引拒絶処分発表、同年二月一四日解約」と明記されている(甲第三号証)いるのであるから、被告は右弁済の当時破産者の支払停止の事実を知つていたものというべく、原告は破産法第七二条第二号に従い破産者の右弁済行為を否認し、被告に対し右金四、九三六、一〇二円及び右弁済の翌日たる昭和三九年三月二七日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだ

と述べ、被告の抗弁に対し、その一の(イ)、(ロ)、(ハ)の各事実は認めるが、被告の主張によつても明らかなようにその担保の目的物件は破産者の所有でなく訴外榎本ゆり子の所有であるから、担保解放の利益は同訴外人の享受するところに外ならず、被告の主張は既にその前提において誤つているものである。抗弁の二の(1)の事実も認める。しかし乍ら破産財団中には破産者の被告主張の如き手形買戻による利益は現存していない。破産法第七八条第一項後段にいう「利益が現存するとき」とは相手方が返還を求めたときを標準とすべく、本件において被告が右返還を求めたのは、昭和四〇年五月二八日の口頭弁論期日において右弁済金四、九三六、一〇二円から右手形金三、二〇〇、〇〇〇円の差額金一、七三六、一〇二円を返還すれば足る旨主張したときと解せられるところ、原告が昭和三九年六月一一日破産封印のため大阪地方裁判所執行吏と共に破産者の工場に赴いたところ金二二、一五〇円相当の有体動産が存するのみでその他皆無であつた。もつとも本件破産宣告申立書添付の財産目録(同年三月三一日現在)には資産として合計金八、六三五、〇九七円が計上されているが、原告が本件破産宣告後直ちに破産財団の管理に着手したとき既に、右財産目録記載の現金、当座預金は無く、積立金として計上されてあつた一、二七二、〇〇〇円は訴外榎本守治名義のものであり、売掛金一、四二一、〇〇〇円も紛飾に過ぎず、商品、什器、機械工具等も殆んど第三者が搬出してしまつた後であり、仮に右第三者搬出物件中に破産財団に取戻しうるものがあるとしても、破産者は本件手形の買戻を受ける約二ヶ月以前から営業停止の状態となり従業員も離散しているのであるから、右手形の譲渡代金の全部又は一部が右物件の一部に化体していることはあり得ず、電話加入権もその後同年八月二〇日解除されている。従つて被告としては右手形の価額の償還につき破産債権者として権利を行使するならとも角、財団債権者として右権利を行使することは出来ない。(破産法第七八条第一、二項)と述べた。

立証(省略)

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因事実中一、二の各事実は認めるが、支払停止に関する事実はすべて否認すると述べ、抗弁として、

一(イ)、破産者は昭和三八年九月五日被告と相互銀行取引契約をなし、同月一五日破産者の代表取締役榎本ゆり子が右取引につき物上保証人となり、同人所有の<1>寝屋川市大字堀溝六六一番地の二宅地六六坪、<2>同所六六二番地の二宅地一五二坪、<3>右二筆の宅地上家屋番号同所第二三五番鉄骨造スレート葺平家建工場四六坪八合二勺の各物件につき債権極度額金六〇〇万円、延滞損害金日歩五銭とする根抵当権設定契約並びに代物弁済予約をし、同年一〇月二四日根抵当権設定登記及び所有権移転請求権保全仮登記を経由した。

(ロ)、昭和三九年三月二六日破産者の本件弁済により被告は榎本ゆり子のために右根抵当権設定契約を解除し、仮登記の権利を放棄し、同年四月二日右各登記の抹消登記を経由した。

(ハ)、しかるところ、榎本ゆり子は直ちに右物件中<1>の土地を井原久吉に売却して同年四月二日その旨の所有権移転登記をなし、<2>及び<3>の各物件をゆり子の夫守市に売却して同日所有権移転登記をなし、更に守市はこれら物件につき井原久吉のため所有権移転保全仮登記及び抗当権設定登記をなした上昭和四〇年一月一九日代物弁済を原因として井原に所有権移転登記をなした。

(二)、以上の事実に徴すると破産者は昭和三九年三月二六日の被告に対する本件債務完済に因って担保解放の利益即ち担保権設定義務を免れる利益を享受し、右利益は現存しているものというべく、被告は破産法第七八条第一項後段の類推適用により財団債権者に準ずる立場にあるものと解し得られるので、仮に本訴請求が認められるとしても、被告が解放抹消した前記(イ)の各登記の回復登記と引換に原告の求める支払をなせば足るものであり、同時履行の抗弁を提起する次第である。

二(1)、破産者が昭和三九年三月二六日被告に本件弁済をなした際、被告は破産者に左の三通の約束手形額面合計金三二〇万円を返還した。

第一手形

金額        金五〇万円

支払期日      昭和三九年四月一六日

支払場所      株式会社富士銀行伏見支店

振出人       精工技研工業株式会社

受取人第一裏書人  破産者

第二手形

金額        金一二〇万円

他の要件は第一手形と同じ

第三手形

金額        金一五〇万円

支払期日      昭和三九年四月三〇日

他の要件は第一手形と同じ

そして破産者は訴外中井良一を介して右三通の約束手形金の支払を受けている。他方破産者は右第一手形金の支払を受けた後の同年四月二四日に自己破産の申立をなした。

(2)、前記諸事実を観察すれば、破産者としては、前記担保物件がたまたま破産者の所有でないから破産になつても別除権の問題はない。しかも第三者に譲渡せられてしまつているから本件否認権の行使によつて本件弁済金が破産財団に返還される期待はあつても右不動産は原状復帰の必要がない、取戻した右手形の支払は受けられる等のことを計算の上自己破産の申立をしたものというべく、このように法の裏をかいて相手方を窮状に陥れて自分側は有利になることを意図する破産者の思う壺にはまるような否認権の行使は信義誠実の原則からして又は権利の濫用として許されない。

三、仮に以上の被告の主張が認められないとしても、破産者は右約束手形三通合計金三二〇万円の支払を受けているのであるから、本訴請求金額四、九三六、一〇二円から之を控除し、金一、七三六、一〇二円の限度においてのみ被告は支払えば足るものである。

と述べた。

立証(省略)

理由

原告主張の請求原因事実中一、二の各事実は当時者間に争がなく、成立に争のない甲第四、第五号証の一、二によれば破産者は昭和三九年一月三一日支払を停止していることが認められ、銀行は調査機関を常置して取引先の信用状態の調査に当るのが実験則上当然であるから、被告銀行においても右弁済当時右支払停止を知つていたものと推認される許りでなく、成立に争のない甲第三号証によれば被告は破産者との当座勘定取引につき同年二月六日取引拒絶処分を発表し、ついで同月一四日右取引を解約していることが認められるので、この点からも被告は当時既に右支払停止を知つていたものと断ずるに充分である。そこで被告の抗弁につき按ずるに、その一の(イ)、(ロ)、(ハ)の各事実は原告の認めて争わないところである。しかし被告主張のようにその担保物件は訴外榎本ゆり子の所有であるからその担保解放の利益は同訴外人に帰属こそするが破産者がこれを享受しうべくもなく、破産法第七八条第一項を類推適用すべしとする被告の主張を採る由もない。

抗弁の二の(1)の事実も原告の認めるところではあるが、破産者の自己破産の申立が仮に右二の(2)記載のように破産者の予め企んだ計算の下になされたとしても、そのことをもつて本件否認権行使を信義則違反又は権利濫用なりと速断し得ないことは自明であつて、この点に関する被告の主張もまた採るを得ない。

ところで被告主張の約束手形三通の返還により、破産者に利益が現存しているとすれば、被告はその利益の限度において財団債権者としてその権利を行うことができることは破産法第七八条第一項後段により明らかである。そして右利益現存の有無は相手方の返還請求の時をもつて判断すべきものと解すべく、本件において被告が右請求をなしたのは昭和四〇年五月二八日の口頭弁論期日において右抗弁三の主張をなした時と見られるのであるが、原告が本件破産宣告があつた昭和三九年六月九日の後まもなく破産財団の管理に着手したとき既に現金、預金は皆無であつたとの原告主張につき、被告は弁論の全趣旨を通じて明らかに争わないのみか、成立に争のない甲第一二号証、第一三号証によれば、原告が同月一一日破産封印のため大阪地方裁判所執行吏代理西川正男と共に破産者方に赴いたところ、金二二、一五〇円相当の有体動産が存するのみで、他に何もなかつたことが認められる。成立に争のない甲九号証の二の財産目録の資産の部に昭和三九年三月三一日現在として現金、当座預金が若干あつたように記載されてあるが、このことは何ら右認定を覇えすに足らず、また同目録記載の積立金、売掛金その他の商品、什器、機械工具、車輌運搬具その他の記載事実が真実であつたとしても前認定のように破産者はその以前の同年一月三一日既に支払を停止しているのであつて、右約束手形返還による利益がこれらに化体していると考えられ得ないことは経験則上当然というべきであるから、結局右利益は現存していないと認めるの外なく、被告は破産法第七八条第二項に従い破産債権者としての権利を行うことは格別、右手形金三二〇万円を本訴請求金額から控除すべしとする被告の抗弁三は到底これを採り得ないところである。

以上のとおりであるから、破産者の被告に対する本件弁済行為は破産法第七二条第二号により否認され得べく、被告は右弁済金四、九三六、一〇二円及びこれに対する右弁済の日の翌日たる昭和三九年三月二七日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を破産財団に支払うべき義務があり、本訴請求は理由があるので之を認容し、民訴八九条、一九六条を適用して主文のとおり判決する。

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